毎日コツコツ800字。

創作日記。記事作文。文章練習。のんびり書きます。

なぜか無性にロンドンに行きたい。

お題「行きたい場所」

中学生の頃から、なぜか無性にロンドンに行きたいと思っていた。このロンドンに行きたいという衝動が、今になってもどこから来ているのかが全く分からない。シャーロック・ホームズビートルズを好きになったのは高校生の頃だし、それ以前にロンドンに関わる知識といえば、ピーターパンくらいしかなかった。たしかにピーターパンを見て、ビッグ・ベンの大きな時計台に憧れたことはあるけれど、それが一番の動機とは考えにくい。テレビや映画で、無意識にロンドンの街並みを目にしているかもしれないけれど、ここまで無性に行きたいと思う理由がとても不思議だった。

ロンドンの憧れは消えぬまま、七年前にある喫茶店に入った際、そこに血液型占いの本があったので、何となく読んでみた。するとその本に「四月生まれのA型は、ロンドンに行きたがる」という、驚きの項目を見つけたのだ。四月生まれのA型というのは、まさに僕のことである。どうしてロンドンに無性に行きたいのかが、ついにこの本で解決するかと思ったけれど、本にはそれ以上のことは何も書かれていなかった。血液型占いなんて信じていないけれど、ロンドンのことをズバリ当てられたことで、僕は占いを馬鹿にしてはいけないと思った。

しかし残念なことに、今となっては証拠となるその本の事が思い出せないのである。たしかA型専門の、オレンジっぽい表紙だったとは思うけれど、細かなデザインまでは忘れてしまった。本があった喫茶店も、今ではオシャレなレストランに変わってしまい、手掛かりはもうなくなっているのである。

今もロンドンには行けていないけれど、死ぬまでには必ず行こうとは思っている。あと自分が嘘つきではないことを証明する為、例の占い本もいつか必ず見つけたい。

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小さな書店の三毛猫。

今週のお題「ねこ」

子供の頃、近所の小さな書店に三毛猫がいたので、僕は週に一度くらい会いに行っていた。猫目的でお店に来ていると思われたくなかったので、本棚を眺めつつ、さりげなく三毛猫を触って楽しんでいた。本を買わないのも怪しまれると思って、たまに大長編ドラえもんの漫画や、漫画雑誌なんかを買って、お店にくる口実を作っていた。

三毛猫の名前は分からなかった。性別も当時は分からなかったけれど、大人になってから、三毛猫のほとんどがメスであることを知って、多分あの猫もメスなんだと思った。首に鈴をつけていて、狭い店内では鈴の音でどこにいるのかがすぐにわかる。人懐っこい性格だったので、知らないお客さんにお腹を触らせているのをよく見かけた。もちろん僕にもお腹を触らせてくれて、少し贅肉のつきすぎただらしのない体は、何時間でも触っていられるくらい気持ちよかった。

子供の頃から猫を飼いたいと思っていたけれど、母親が動物全般が苦手なので、いくら説得しても飼うことは出来なかった。だから近所の書店の三毛猫がよけいに可愛くて、どこか半分は自分の猫だと思っていた。

高校生になってからは、徐々に友達と遊ぶ時間が増えて、近所の書店に行くことが無くなってしまった。漫画雑誌も買うのを止めてしまったし、ドラえもんの漫画ももう集めていなかった。そしていつの間にか猫のことを忘れて、僕はどんどん歳をとった。

三毛猫のことを思い出したのは、書店がクレープ屋になった時だった。狭くて小さな書店は、オシャレで洋風なお店に変わっていて、もちろん猫はどこにもいなかった。それに最後に会ってから何十年もたっているから、多分猫はもう死んでいると思う。そう思うと悲しくて、クレープ屋の前を通ると、僕はいつも三毛猫のこと思い出すようにしている。

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いらない表彰状。

今週のお題「表彰状」

小学生の時に、表彰状を二回もらったことがある。一回目は版画コンテスト、二回目は未来の絵コンテストでもらった。どちらもコンテストで一番ではなかったけれど、表彰状と盾がもらえるくらいの順位だった。

一回目の版画コンテストでは、僕と亀が一緒に歩いている瞬間を描いた。亀が版画の全体を占めていて、僕の姿は足下のスニーカーしか見えない構図だった。人間目線の風景ではなく、亀目線の風景だったことと、背景の細かな彫りが評価された。コンテストで賞を取ったのは初めてのことだったので、家族みんなで展示会に行ったとき、僕はすごくドキドキしたことを覚えている。一生懸命作品を作ったのも、おそらくこの版画で、努力したことがそのまま認められて嬉しかった。

二回目の未来の絵コンテストでは、山々の頂上に、透明なカプセル型のドームがあり、そこに未来都市が混在している風景を描いた。自然と都市が共存しているようなテーマが良かったらしく、表彰状と盾の他にも、記念品として目覚まし時計をもらった事を覚えている。

だけど二回目の未来の絵は、僕は一生懸命に描いていなかった。〆切が迫っていたから、何となく、適当に、いい加減に描いたつもりだった。表彰状を貰えるとも思わなかったし、盾も貰えるとは思わなかった。一応家族と展示会へは行ったものの、亀の版画の時ようにドキドキはしなかった。むしろ何だか恥ずかしくて、自分はもっと出来たんだと悔しくて、褒められるのも納得がいかなかった。

適当に描いて賞を取るよりも、一生懸命描いて賞を取れないほうがまだましだと思った。表彰状や盾や記念品よりも、自分の作品がもっとも価値がないと意味がないのである。

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喧嘩はしたくない。

先日、両親が喧嘩をしていた。日常的なことなのでとくに気にしていないけれど、なんども口喧嘩している両親を見ていると、結婚に対して消極的になってしまう。喧嘩の原因はほとんどが父にあるので、母は父の行動の一つ一つにイライラするらしい。もしも僕が結婚したとしても、こうした夫婦にはなりたくない。

今回の喧嘩は、炊き立ての炊飯器から始まる。昼食時に父が炊き立ての炊飯器を開けて、茶碗に盛ろうとすると、手元が滑り、しゃもじが床に落ちた。父はしゃもじを拾い上げて、そのまま炊飯器の中へとしゃもじを入れたのだった。その現場を見ていた母は、「どうしてしゃもじを洗わなかったの!」と激怒し、「お米にホコリが入ってたらどうするのよ!」と父を叱った。叱られた父も、「すこし床に落ちただけじゃないか!」と激怒し、「どうせオレが悪いんだ! オレが責任をもって全部喰う!」と怒鳴ると、三合も入った炊飯器を自室へと持ちさった。おかげで昼食はご飯を食べることが出来ず、僕は食パンを食べることとなった。

三合のご飯を、父はふりかけをかけて一日で平らげてしまった。怒っている時の父は、力任せで物事を解決する癖がある。そして怒るだけ怒ると、ふて寝をするのである。

喧嘩をしている両親をよく見ていたからなのか、僕はあまり喧嘩をしたことがない。僕が悪ければ喧嘩になる前に謝るし、相手が謝ればだいたい許してしまう。だから話も聞かずに一方的に怒られるのが苦手で、そういう人にはなるべく関わらないようにしている。

喧嘩をするほど仲がいいとよくいうけれど、僕はそうは思わない。確かに喧嘩で絆が深まることもあると思うけれど、やっぱり喧嘩は少ない方が夫婦は幸せにきまっている。僕がお爺ちゃんになっても、この考えだけは変えたくない。

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ささやかな反乱。

一日が二十四時間であることが、未だに納得できない。やりたい事も少ししか進まず、その上やりたい事が増えていくのだから、自然と優先順位を決めて予定を立てなければならない。けれど予定を綿密に立てれば立てる程、自分がただのロボットのように思えてきて、自分で立てた予定に反乱を起こしたくなったりする。ところが反乱を起こしても、結局は予定を立てなければならない事に行きつき、また綿密な予定を立てだすのである。

平日の予定はほどんど同じで、朝から晩まで変わり映えしない五日間となっている。朝に立ち寄るコンビニへ入る瞬間、昨日と今日の自分にどんな違いがあるのかが分からなくなり、少し切なくなる。デジャブに似たその感覚は、コンビニに入るたびにやって来て、僕は今すぐ外に出て、どこか遠くに行きたくなるのだ。けれどもちろんそんなことは出来ず、いつものコンビニ店員に挨拶をし、いつもの雑誌コーナーを横目に、いつもの飲料コーナーへと向かうのである。

飲料コーナーに着くと、僕はたくさんの飲み物を見回して少し考える。いつもなら経済的に一番安い炭酸水とカフェオレを買うのだけれど、今日くらいは違う飲み物を買ってみようとするのだ。新商品のピーチコーラを買ってもいいし、ブラックコーヒーを買ってみてもいい。カルピスとオロナミンCという組み合わせでもいいのである。財布の中身なんか気にせず、摂取カロリーや好みも気にせず、毎日の自分にささやかな反乱を起こそうと考えるのである。

けれどやっぱり手に取るのは一番安い炭酸水とカフェオレで、今日もささやかな反乱すらも起こせない朝だった。僕は結局、浮いたお金で本を買うという予定に従ったのである。でもいつか反乱が起こせた時は、それはそれで自分を褒めてあげたいと思ってる。

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