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石橋を創って渡る。

日々の創作日記。 このブログは、パソコン版表示を推奨します。 記事は横へと動くようになってます。

創作日記。 34

創作記録

〝胃〟のプロットは大体完成したけれど、どうにもパッとしない感がある。もう一つ軸になるような事を入れて、読んでいる読者が気にな要素が常にあるようにしていきたい。プロットは箇条書きで書かれているから、実際に一人称で書いていくとまたプロットを変更するかもしれない。

プロットの書き方は様々な本に載っているけれど、それはその著者のやり方であって、本当に自分に合うやり方ではないと思う。おおまかなやり方は参考にしていいと思うけれど、これまでにない作家になりたいのなら、他人のやり方ではなく、自分に合ったやり方を模索するべきだと思う。

スポーツ選手だって肉体づくりは個々の体で違うし、性格や脳だって人それぞれかなりの違いがある。小説入門書などは、一冊の本で多くの人に同じやり方を提示するので、どうにも量産化されているようで嫌になってしまう。こうしたやり方は間違っているかもしれないけれど、誰かと同じことをするのは自分としては意味がないので、とことん悩んで自分のやり方で小説を創りたい。

創作日記。 33

創作記録

昨日は作業したまま寝落ち。昔から考えすぎると眠たくなる癖があるけれど、眠ると考え事もすっきりする。今日も明日もみっちりとプロットを練るけれど、あまり眠ると時間が無くなるから頑張って起きていよう。

 

僕は歌の才能がないので、歌で表現する人をとても尊敬している。筆も紙も使わず、〝声〟だけで表現できることは素晴らしいことだと思う。小説家や画家、彫刻家などは道具がないと表現できないけれど、歌手は体ひとつで表現が出来てしまう。だから最初に生まれた芸術も〝歌〟だと思うし、最後に残るのも〝歌〟だと思う。

小説は読んでも全ての文章を記憶することは出来ないし、絵画や彫刻も脳内では完璧なイメージとしては記憶できない。けれど歌はメロディーも歌詞も全部記憶出来て、それを自分で再現することが出来る。そうした意味では小説は歌に敵わないのかもしれない。ライブ会場で沢山の人が一つの歌を合唱しているのを見ると、これは小説ではとうていできないことだと考えさせられる。

こうやって小説以外の表現を考えていると、逆に小説にしかないものが見えてくる気がする。

最近は〝演技〟から小説へ応用することを学んでいたけれど、〝音楽〟からも小説へ応用することがあるかもしれない。

創作日記。 32

創作記録

今日も〝胃〟のプロットを進める。胃の章では内容の自由度が高いので、様々な案が出て、どれを取り入れるべきか、それとも止めるべきか悩む。とにかく殆どが胃の一人語りなので、読者が飽きてしまわないように、語り部は少しユニークなキャラにしようと思う。〝小腸〟か〝肝臓〟と会話をさせても面白いかもしれないし、次から次へと案が浮かんで悩ましい。

まだまだ〝胃〟のプロット作業は続きそうである。

 

 

僕は携帯電話があまり必要のない人間で、最近では家族との連絡か、音楽を聴くくらいしか役に立っていない。色んな機能を持って生まれたのに、僕の元に来たスマホはとても可哀想である。

知り合いのあいだではアプリゲームが流行っているらしいけれど、どうも僕はアプリゲームの面白さがわからない。べつにゲームが嫌いなわけではないくて、ストーリー性の高いゲームは今までいろいろ遊んできた(ライフイズストレンジや、ヘビーレインなど)。だからゲーム自体は好きな方だけれど、どうにもアプリゲームだけは好きになれないのだ。

その理由を少し考えてみると、多分僕はしっかりと〝終わり〟のあるゲームが好きなんだと思う。小説のように読めば必ず終わるように、全てのものに僕は〝終わり〟を求めているのかもしれない。だから映画も好きだし、漫画も完結してから読みはじめることが多い。

それに比べて、アプリゲームには明確な〝終わり〟というものが無くて、運営側が儲ける為に半永久的に続くゲームが殆どである。ストーリーはダラダラと続いて、プレイヤーはゲームの世界に監禁状態となる。〝終わり〟が無いのが好きな人もいるかもしれないけれど、僕としては〝終わり〟がないととても不安になってしまう。いつか死ぬと分かっているから欲求や願望が生まれるのだし、不老不死になったところで人間の性格では絶対に退屈になるに決まっているのだ。

人間は乗り物を発明して移動時間を節約し、電化製品を発明して作業時間を節約し、インターネットを発明して意思疎通の時間を節約したりと、昔に比べて自由な時間は増えているはずだ。けれど実際はみんな何か忙しそうで、便利になったところで、結局は無駄なことに時間を使っている気がする。

もちろん本人が楽しいのならいいのだけれど、現代に生きる人はもっと時間の使い方を見直すべきだと思う。SNSや動画サイト、終わりのないアプリゲームをしているよりも、外に出て星を眺める方が有意義な時間を過ごせると僕は思う――個人的にね。