石橋を創って渡る。

日々の創作日記。 このブログは、パソコン版表示を推奨します。 記事は横へと動くようになってます。

ナナセと本を助けに行く話。―5―

「そう、それは僕の台車」

真面目そうな男に、僕はなるべく落ち着いて答えた。ここで怪しまれてしまってはナナセの作戦は失敗だし、なにより僕が部外者だとバレたくない。ここは上手く切り抜けて、彼を早く旧館へと向かわせたかった。

「その台車、よかったら貸してくれない?」けれど男はめんどくさいことを言い出だす。「今荷物を運んでるんだけど、この台車は小さくて使いにくいんだ。十五分ほどで返せると思うんだけど……どうかな?」

僕はどう言い返すか悩んだ。「貸したくない」と言いたかったけれど、変な印象を与えてまた後で出会ってしまったら、明らかに僕は怪しい人間だと思われる。それに「貸しますよ」と言えば、僕がナナセに怒られる。きっとナナセは「本の次は台車も奪うのか!」と怒鳴るに決まってるのだ。

「貸したくない」とも「貸しますよ」とも言いづらい。そこで僕はとっさに大胆な返答をしてしまう。

「よかったら手伝いましょうか?」

田舎にいた時の僕は、決してこんな大胆な行動をする人間ではない。こうした大胆な行動に出れたのは、突然憧れの東京に連れてこられて、初めての大学に潜入して、くしゃくしゃの服を着て別人になったからかもしれない。それと久しぶりにナナセと過ごして、色んな感覚が麻痺していたのかもしれない(やけくそともいう)。

               ↓ ↓ ↓

 

 

「ほんと助かるよ。運びすぎて疲れてたんだ。友達とじゃんけんで負けてさ」

真面目そうな男は、僕のことを何も怪しまなかった。一緒に旧館に入り、お互いの台車に全てのダンボールを乗せて、新しい置き場へと案内してくれた。途中、学年や学部を聞かれるのが怖かったので、僕の方から色々と質問をしつづけた。

「これ中身何なんですか?」

「本だよ本。大学が無料で配布したんだけど誰も持って行かないからさ、俺と友達で貰うことにしたんだよ」

「本好きなんですか?」

「好きだよ。君は?」

「結構好きですよ。安部公房とか特に好きです」

「へー、渋いなー。俺は恒川光太郎かな」

「いいですよねー。僕も好きですよ。新刊読みました?」

なんて割と仲良く会話をしながら、真面目そうな男と僕は、本館裏の小さな倉庫へとたどり着いた。僕について特に聞かれることはなく、男は僕を大学の学生だと信じきっていた。これも変装のおかげだと思うと、くしゃくしゃで湿った服に着替えたことは無駄ではなかった。

倉庫には文化祭で使うようなガラクタが詰まっていて、人の出入りも少なく、荷物を置いておくには最適の場所だった。中に入り、奥の方に進むと、そこには沢山のダンボールが積まれていた。持ってきたダンボールを置き、これでようやく八百冊の本が全て揃ったわけである。

「本当に手伝ってくれてありがとう。お礼に、赤い付箋がついてない本なら持っていってもいいよ」

彼はそういうと、倉庫からそろそろと出ていった。よっぽど運搬作業が疲れたのか、それとも僕を信用しきっているのか、幸運なことに、倉庫には八百冊の本と僕が残った。僕は達成感とともに、何だか急にどっと疲れを感じた。

僕は携帯電話をとり出して、さっそくナナセに報告するこにした。充電は二十%まで減っていて、よく考えたら知らない土地で一人になる事は危なかった。

『ナナセ。 いま目の前に八百冊の本がある』

『よくやった! 戻ったらいなくてびっくりした!』

『まあ色々あったんだよ』

『車ですぐ向かう!』

 

ナナセが来る間、男の言う〝赤い付箋〟というのが気になって、ダンボールを開けて調べてみた。確かにいくつかの本には赤い付箋が貼られていて、他の本と混ざらないように分けられている。

そして赤い付箋をよく見てみると、そこには値段が書かれていた。どうやら貼られてるのは、高値がついている本らしい。

一冊引っ張り出してみると「五千円」の付箋。

もう一冊引っ張り出してみると「三千円」の付箋。

さらにもう一冊引っ張り出してみると「六千円」の付箋。

なるほど、彼らがお金儲けもしたがる理由もわかる気がする。けれど僕とナナセがそんなことはさせない。あの糞野郎どもから、この可哀想な本たちを助けるのだ。

実際に本を前にすると、僕は怒りが沸々と湧き始め、ナナセのようなテンションなっていた。

 

倉庫の前で待っていると、十分ほどでナナセの車が来た。そして遠くから向かってくるナナセの車を見て、僕はある問題に気付いた。

はたしてトヨタの軽自動車に、あの八百冊の本が入りきるのだろうか?

 

                                     つづく