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石橋を創って渡る。

日々の創作日記。 このブログは、パソコン版表示を推奨します。 記事は横へと動くようになってます。

新聞を読んで書く。 ―デスカフェ―

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新聞を読んで気になった記事について語るブログ。

 

 「デスカフェ」というものがある。

デスカフェというのは、お茶を飲みながらリラックスして「死」について語り合うというものである。十年ほど前にスイスの社会学者が、妻の死をきっかけに始めたことが最初とされていて、二〇一一年頃から欧米を中心に広まったという。現在は約四十ヵ国で開かれているらしく、今はお茶をしながら「死」を語り合う時代になったのだ。

新聞の記事には、日本で開かれた「デスカフェ」の写真が載せてあった。写真の説明欄には「リラックスした雰囲気の中、参加者が胸の内を語った」と書かれていたけれど、僕にはどうもリラックスしている雰囲気には見えなかった。集まっているのもカフェではなくて寺だったので、これは「デスカフェなのか?」と疑問を持ってしまった。

気になって海外のデスカフェの写真をネットで見てみると、そこにはオシャレなカフェで話をしている写真で、リラックス感は伝わってきた。

もちろん写真だけで判断してはいけないけれど、もっとスタバとかでデスカフェを開いてもいいのではないかと思った。

 

せっかくなので、明日デスカフェに行きたいと思ったら何処に行けばいいのか調べてみた。僕は岐阜県の飛騨に住んでいて、スターバックスは辛うじて一店舗はある。

ネットで検索してみると、残念なことに近くでは開かれていないことがわかった。だからもしもデスカフェをするなら、僕が主催するしかない。

けれど僕は初対面の人と死について語り合える自信がなかった。新聞記事には「よく知らない者同士だから、気軽に口にできる」と書かれていたけれど、僕はむしろよく知る人物と語り合いたいと思った。

 

 

僕は死を考えて不安になったら、映画の「ファイトクラブ」を見るようにしている。そしてブラッドピット演じるタイラーダーデンを見て勇気を貰う。

「いつか必ず死ぬって事を心に刻み込め! すべてを失った者が本当の自由を知る」

僕は彼の言葉に何度も救われている。

 

デスカフェとは考え深いものである。僕は記事を切り取り、スクラップブックに貼り付けておくことにした。