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石橋を創って渡る。

日々の創作日記。 このブログは、パソコン版表示を推奨します。 記事は横へと動くようになってます。

父とキックボード

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僕の父は反面教師で、いつも己の体を張って大切なことを教えてくれる。そして僕はその教えを素直に守り、今では父と正反対の人間になった。タバコ、大酒、女遊び、癇癪持ちなど、僕が持っていないものは全て父が持っていた。

僕が子供の時も、父は危ない遊びについて、体を張って教えてくれたことがある。

それは小学四年生の夏のことで、その日は家族みんなでキャンプをするために、山の斜面に作られたキャンプ場に来ていた。

 

当時はキックボードという、スケボーにT字のハンドルを付けたような乗り物が流行っていて、流行に敏感な父はさっそく購入して乗り回していた。けれど近所には坂道があまりなかったので、父は「爽快な走りができない」と嘆き、キックボード熱も徐々に冷め始めていくこととなる。

しかし夏にキャンプへ行くことが決まると、父のキックボード熱も上がりはじめ、わざわざ山の斜面に作られたキャンプ場を探して、僕らはそこに向かうこととなった。

 

キャンプ場に着いてすぐ、僕はトイレに行きたくなり、坂の途中に作られた公衆トイレへと入った。キャンプ場の公衆トイレは、丸太を組み合わせたオシャレな作りになっていて、僕は用を足しながら、ようやくキャンプに来た実感を得ていた。これからテントを組み立てるのが面倒だったけれど、その後のバーベキューやペットボトルロケットのことを考えると、僕は自然とワクワクし始めていた。

そして意気揚々と公衆トイレから出た瞬間、反面教師である父の授業が突然始まったのである。

 

公衆トイレから出ると、坂の頂上にはキックボードに乗った父がいた。そして父は「そこで見てろ」と言うと、キックボードに乗って勢いよく坂へ飛び出したのだった。

するとキックボードは見たこともないスピードで坂を下りはじめ、それはまさに父が言っていた「爽快な走り」そのものであった。乗っている父も笑顔で、僕と同じ少年のような顔をしていて楽しそうだった。

しかしその爽快な走りは、キックボードのブレーキすら利かないほど速く、父の笑顔は徐々に焦りの表情へと変わっていった。さらに最悪なことに、公衆トイレの前にはオシャレな丸太が埋め込まれており、コンクリートの地面からひょっこりと頭を出していた。

その後の光景は、まさにスローモーションのように進んだ。

 

父が猛スピードで丸太の段差に突っ込む。

キックボードの前輪が丸太で止まる。

父がキックボードから投げ出される。

三メートルほど宙を舞う。(空を飛んだといってもいい)

コンクリートの地面に体を打ち付ける。

そのまま地面を四メートル転る。

そしてようやく父は止まる。

 

キックボードから投げ出される競技があったなら、間違いなく高得点をたたき出すほど、父は綺麗に転げ落ちていった。

僕は急いで駆け寄ると、父は見たこともない苦痛の表情でうずくまっていた。キャンプに来て十分後にこうした表情になった人間は、おそらく父が初めてではないだろうか。

 

その後は母が車で赤チン(懐かしい)を買いに行き、どうにか治療はしたものの、キャンプ中はずっと小さな声で「痛えよぉ」とうめいていた。テントの組み立ても、バーベキューも、ペットボトルロケット講座も母が主にやり、父はずっとおとなしくしていた。

 

こうして父は体を張って「危ない遊びはしてはいけない」ということを僕に教えてくれた。そのおかげで、これまで大きなケガをすることもなく、僕は今日も平和に生き続けている。

 

僕の父は次に何を教えてくれるのだろうか。

それは少し楽しみであり、すごく不安でもある。