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石橋を創って渡る。

日々の創作日記。 このブログは、パソコン版表示を推奨します。 記事は横へと動くようになってます。

創作日記。 12

創作記録

今日もショートショートのアイデアは浮かばなかった。こんなことで来月は提出できるのだろうか。つまらないと分かっている物語を無理に書きたくないし、どうせ書くなら納得した物語を書きたい。ショートショートの本質のようなものも分からずじまいなので、もしかしたら切り捨てた方がいいのかな。

けれど毎月自分の小説を評価してもらえる機会はそうそうない。だから毎月自信のあるショートショートを提出して、編集の人に読んでもらえることが一番の理想。

 

現在書こうとしている長編小説は、一人の人間の臓器や部位が主人公なので、人間の体について調べ中。常に視覚的に臓器や部位を意識する為に、壁一面に人間の臓器と部位の写真やイラストを貼り付ける。調べた資料も壁に張りつけていて、壁全体が一つのアートのようになった。今の部屋を警察に見られたら、僕はきっと酷いサイコパス扱いされて精神病院に送られると思う。

臓器の写真やイラストを眺めていると、人間という生き物がいかに凄いかがわかる。細部までよくつくり込まれていて、進化とか関係なく、本当に誰かが創作した生き物のように感じる。

人間は誰しも自分がアート作品であると自覚するべきだ。

演技の本を読んでいると、役になりきる為に、常にその役の写真やイラストを持ち歩くのが良いと書かれていた。さすがに臓器の写真を持ち歩く訳にはいかないけれど、部屋の壁に貼り付けることで、少しでも臓器の気持ちになれるかもしれない。(本当にサイコパスっぽいブログになってきた……)

 

まだ読んでいる途中だけれど、演技の本はとても面白くて、一人称で物語を書くのに応用できそう。ようやく足りない何かが手に入りそうでワクワクする。けれど臓器の役作りはなかなか大変そう。臓器や部位がそれぞれ得られる情報は限られていて、そこら辺をどうやって上手く書くかが重要だと思う。

 

そういえばテレビ番組の「プロフェッショナル仕事の流儀」で、脚本家の倉本聰さんが登場人物たちの経歴を細かく書いていることに驚いた。経歴は誕生から書かれていて、処女をいつ失ったかなど、ドラマにまったく登場しない情報が沢山書かれていた。登場人物の作り込みにとても感動した。倉本さんは自分の力量以上に良いものが書けた日は、不思議な吐き気があるという。それは何かに〝体を乗っ取られて〟書く感覚だそうで、「自分の力で書いているうちはプロではないと思う」という発言には心が震えた。

 

 

文章力を上げるために、一日三十分、手書きで小説を模写することにした。効果があるかは分からないけれど、見本にしたい小説を手書きで模写することで、リズム感は良くなると思うのだ。三十分ペンを動かし続けると、手がすごく疲れる。今はパソコンで簡単に小説を書くことができるけれど、手書きの時代はとても大変だと感じた。

手で書くのとパソコンで書くのとでは、意識的にも違って、手書きは自分の脳から直接言葉が流れてくるような感覚がある。これからペンで書く習慣を付けて、そこから得られるものがあるか探ってみることにする。