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石橋を創って渡る。

日々の創作日記。 このブログは、パソコン版表示を推奨します。 記事は横へと動くようになってます。

創作日記。 30

〝胃〟が〝主人〟をどんな人物だと思っているかも決まり、ようやく〝胃〟の章の細かなプロットを創る。

小説を書く際に、プロットを書かない人もいるけれど、僕は割と細かく書く派の人間である。感覚で書くという事が出来なくて、計算して書くことが多いから、物語の流れには自信がある。計算しないで書くのはブログくらい。

今週中には絶対にプロットを完成させて、来週は執筆をしている予定にする。

 

 

明日から三月が始まる。長編がいつ書き終わるか分からいけれど、今年中には終わっているといいな。

人生の時間は限られていて、読める本も、創れる作品も限られている。もたもたしているとどちらの最大値も減っていき、急いでしまってもクオリティが下がってしまう。毎日が時間との戦いで、読める本と、創れる作品の最大値が減っている恐怖感がある。自分が死ぬまでにどのくらいの小説が書けるが分からいけれど、いつ死んでもいいと思えるような作品を早く書き上げたい。

僕は後世に残るような作品を書くつもりはない。もちろん意図ぜず作品が後世に残ったら嬉しいけれど、僕は死んでいるわけだから、確認することができない。だから別に後世に残ろうが残ろまいが、とくに僕に関係があるわけじゃない。

クリエイターは後世に作品を残そうと考えて創るよりも、今生きている人に向けて創る方が絶対に良いと思う。現代の人を無視している時点で、後世に残るわけがないのである。

 

小説や漫画、イラスト、絵画などの作品を投稿するサイトが欲しいと思った。もちろんすでにそうしたサイトはあるけれど、どれも傷のなめ合いや、集団心理が働いているサイトが多いと思う。本当に良い作品も評価されているけれど、〝自分も評価されたいから評価する〟や〝みんなが評価してるから評価する〟というユーザーが圧倒的に多い気がする。

そもそも作品を披露するサイトで〝いいね〟や〝評価する〟などが無制限にできることがおかしい。そんなやり方では〝一票〟の重みが無くなり、本当の評価が見えてこないと思うのだ。だから〝いいね〟や〝評価する〟というボタンは、毎月一人一回しか出来ないようにするべきだと思う。そうすればクリエイターも落書き気分の投稿が減り、観覧者側も評価が厳しくなると思う。

ぬるま湯の冷えきった投稿サイトよりも、こうした厳しめの投稿サイトの方が絶対にクリエイターは育っていくと思う。

クリエイター同士がお互いの作品を褒め合う世界が余り好きではない。出来ればクリエイター同士が、創った作品で殴り合うような時代が来てくれることを願う。だから〝なろう〟や〝note〟で、他人を評価しまくったり、傷の舐め合いをしているクリエイターを見ると腹が立ってしまうのだ。そんなことをするくらいなら、直ぐに退会したほうが良い。孤独という先生のほうが、そうしたサイトよりもずっと頼れる。

ネットによってクリエイターが増え続ける現代で、個人的にそんなことを思ったとさ。