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石橋を創って渡る。

日々の創作日記。 このブログは、パソコン版表示を推奨します。 記事は横へと動くようになってます。

創作日記。 32

今日も〝胃〟のプロットを進める。胃の章では内容の自由度が高いので、様々な案が出て、どれを取り入れるべきか、それとも止めるべきか悩む。とにかく殆どが胃の一人語りなので、読者が飽きてしまわないように、語り部は少しユニークなキャラにしようと思う。〝小腸〟か〝肝臓〟と会話をさせても面白いかもしれないし、次から次へと案が浮かんで悩ましい。

まだまだ〝胃〟のプロット作業は続きそうである。

 

 

僕は携帯電話があまり必要のない人間で、最近では家族との連絡か、音楽を聴くくらいしか役に立っていない。色んな機能を持って生まれたのに、僕の元に来たスマホはとても可哀想である。

知り合いのあいだではアプリゲームが流行っているらしいけれど、どうも僕はアプリゲームの面白さがわからない。べつにゲームが嫌いなわけではないくて、ストーリー性の高いゲームは今までいろいろ遊んできた(ライフイズストレンジや、ヘビーレインなど)。だからゲーム自体は好きな方だけれど、どうにもアプリゲームだけは好きになれないのだ。

その理由を少し考えてみると、多分僕はしっかりと〝終わり〟のあるゲームが好きなんだと思う。小説のように読めば必ず終わるように、全てのものに僕は〝終わり〟を求めているのかもしれない。だから映画も好きだし、漫画も完結してから読みはじめることが多い。

それに比べて、アプリゲームには明確な〝終わり〟というものが無くて、運営側が儲ける為に半永久的に続くゲームが殆どである。ストーリーはダラダラと続いて、プレイヤーはゲームの世界に監禁状態となる。〝終わり〟が無いのが好きな人もいるかもしれないけれど、僕としては〝終わり〟がないととても不安になってしまう。いつか死ぬと分かっているから欲求や願望が生まれるのだし、不老不死になったところで人間の性格では絶対に退屈になるに決まっているのだ。

人間は乗り物を発明して移動時間を節約し、電化製品を発明して作業時間を節約し、インターネットを発明して意思疎通の時間を節約したりと、昔に比べて自由な時間は増えているはずだ。けれど実際はみんな何か忙しそうで、便利になったところで、結局は無駄なことに時間を使っている気がする。

もちろん本人が楽しいのならいいのだけれど、現代に生きる人はもっと時間の使い方を見直すべきだと思う。SNSや動画サイト、終わりのないアプリゲームをしているよりも、外に出て星を眺める方が有意義な時間を過ごせると僕は思う――個人的にね。